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転職で守るべき義務とは――競業避止義務って知ってる?

実力を認められてヘッドハンティングの話がくるのはうれしいものだ。いろいろな意味でチャンスでもある。しかし企業機密を不正に持ち出すのは御法度だ。また「ライバル会社に転職しない」と誓約書に一筆入れさせられる場合もある。


 情報の価値が高くなっている現代社会では、企業の情報防衛の必要性が叫ばれている。その一方で、雇用が流動化しており、企業の秘密情報に接した従業員が競合他社に転職するということも、珍しいことではない。
従業員は自分から辞める権利がある

企業にとっては、デキる社員が退職するのはなるべく避けたいところだ。それに企業の内実を知る社員が辞めて、ライバル会社に移ることになれば、有形無形の損失を被ることになるだろう。しかし従業員が退職したいというのをダメだという権利は、会社にはない。

 会社から従業員をクビにするのには、それなりの正当な理由がないと「解雇権の濫用」になってしまうが、従業員から辞めたいというのであれば、それは従業員の権利だ。優秀な社員が辞めていくのは、やむを得ないことだし、給料などの待遇が悪かったのかもしれないと企業側で反省するしかない。

 しかし秘密情報を握った社員がライバル会社に転職して、その秘密情報が相手に明らかになってしまうというのでは、企業としても踏んだり蹴ったりだ。そこで従業員に「秘密保持義務」や「競業避止(きょうぎょうひし)義務」を負わせる契約が登場する。
「秘密保持義務」や「競業避止(きょうぎょうひし)義務」
秘密保持義務と競業避止義務

 秘密保持義務は、従業員が在職中に知った企業秘密を他に漏らしてはならないという義務を、競業避止義務は、ライバル会社に勤務してはならないという義務をそれぞれ負わせるものだ。どちらも、在職中はもちろん、退職後も、秘密を漏らしたりライバル会社に勤めたりしないという内容になっている。なお「不正競争防止法」にも、営業秘密の不正使用や不正な開示を禁止したり、不正手段で取得した営業秘密の利用や開示を禁止する条文がある(不正競争防止法2 条1項4号や7号を参照)。

 こうした契約は、就職時に誓約書という形でサインさせられたり、就業規則で決められていたりする。就職の時に秘密保持を求められて拒否するなどということはおよそ考えられないし、就業規則は個々の従業員がイヤだといっても適用される。それに、在職中は秘密保持にしても競業避止にしても、当然の義務と受け取る従業員が大半だろうから抵抗も少ない。

 だがよく考えてみると、従業員と会社との間の関係は、会社を辞めた時点でなくなっているはずだ。とすると、在職中はともかく、辞めた後まで会社に対して秘密保持義務を負ったり、競業避止義務を負ったりするのはおかしいのではないか。それに各個人には職業選択の自由があるし、だいたい仕事をしなければ食べてはいけない。会社を辞めたら、自分のこれまでの知識や経験を最大限活用して次の仕事を選ぶのは当然ではないか。

 そのように考えると、秘密保持義務にせよ競業避止義務にせよ、一生縛られたり、あらゆる情報を秘密扱いにするような契約は、たとえ誓約書にサインしたとしても、不当な契約として無効と考えるべきだ。逆にいうと、労働者の働く権利を侵害しすぎない範囲に限って、会社が自らの利益を守ることも許されるのだ。この“境界線”がどの辺にあるのかは、裁判で争われる微妙な問題でもある。
裁判に見る競業避止義務

 競業避止義務は、一方で従業員の職業選択の自由や営業の自由を過度に損なわないように配慮しなければならない。他方で企業の利益も保護に値する。そこで、一定の限度での効力が認められている。具体的に裁判で争われた例を見てみよう。

 ある中古自動車販売会社の退職従業員がライバル会社を作ったというケースでは、退職後4年間は元の勤務先と競合する営業を行っている取引業者に就職せず、また、競合する営業行為を一切行わないという内容の誓約書を交わしていた。ところが退職した従業員たちは、元の勤務先と同じ中古車販売を行う会社を設立したのだ。そこで元の勤務先会社が裁判所に、損害賠償を求めて訴えを提起した。

 訴えを受けた裁判所では、競業避止義務が有効かどうか、以下の4つの要素を考慮して決めるといった。

1. まず競業避止義務の期間。長すぎては不当に従業員の再就職の途をふさぐことになる。
2. 次に場所の限定があるかどうか。元の会社がローカルな会社なら、営業区域の重ならない場所での競業行為を禁止するのは行き過ぎだ。
3. 制限の対象となる職種の範囲。これも元の会社の営業と実質的に同じであることが必要だ。
4. 代償措置。競業避止義務という不利益を負わせるのだから、例えば退職金を増額するといった埋め合わせが必要となる。

訴えを受けた裁判所では4つの要素を考慮

 この事件は、

1. 競業避止義務の期間が4年と比較的長期
2. 場所的限定もない
3. 職種の範囲限定もない
4. 特別の代償措置もない

 という事例だった。そこで裁判所は、このような競業避止義務を定めた誓約書が重すぎる制約を従業員に負担させるものだとして、無効と判断した(東京地判平成14年10月9日判例マスタ2002-10-09-0003)。
営業秘密の保護とデジタルフォレンジック

 秘密保持義務にせよ、競業避止義務にせよ、企業の営業秘密がライバル企業に利用されて損失を被ることを防ごうとするものだ。例えば顧客名簿などは、「顧客のプライバシーを守れ」という社会の要請もあって、特に保護する必要性が高い。この種の秘密は、義務違反に制裁を科すだけでは十分ではない。そもそも持ち出されないように、セキュリティを施さなければならない。

 営業秘密に属する情報も、デジタル情報として保有しているだろうから、デジタル環境での情報漏えいを防ぐ必要がある。コピーをシステム的にできないようにすることや、必要なコピーを取る場合は誰がコピーしたかを記録しておき、またハードコピーを取ることも同様の制限をかけておく。こうしたシステム的なセキュリティは、個人情報保護法の施行前後に注目され、導入が進んだところだ。

 それでもなお秘密事項が漏えいした場合には、その漏えい経路を特定して、情報を漏らした者を突き止めなければならない。その際有力な手段が、「デジタルフォレンジック」だ。メモリに残された痕跡やOSのレジストリ領域に記録された外部接続記録などを解析することで、情報を追跡・検証する手法だ。こうした手法によって、情報を不正に取得した犯人が特定できる場合も多い。具体的な事例については、後日ご紹介しよう。

 そういうわけで、秘密保持義務や競業避止義務については、職業選択の自由という観点から一部制限される場合もある。しかし顧客名簿など“情報”については、まず使えないと思っていい。もし、不正取得をしていたら、それが後からバレて責任を追及されるということにもなりかねないのだ。

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